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1908年4月1日 の記録
木村 久 〈ノックアウトQ〉
投稿者:ふるさと 管理1
カテゴリー: 郷土の先人
日本の元プロボクサー。本名は木村久五郎。1908年(明治41年)4月に花巻市上町の木村米屋に生まれる。14歳ごろ上京し浅草で働いていたが、近くのジムを覗き込んだのが縁でボクシングを始める。木村の草試合を見た、当時の名選手、荻野貞行と佐藤東洋にスカウトされると同時に、二人の帝国拳闘協会(帝拳プロモーション)設立にも合流する。

1926年9月に帝拳はアメリカ遠征を敢行し、木村も渡米する。サンフランシスコでの緒戦をKOで飾り、以後米国選手を相手に通算5連勝をマーク。帝拳一行が帰国してからも木村はアメリカに残って各地を転戦し、〝ノックアウトQ″の異名を取るメインイベンターとなる。

その後一旦帰国するが再度渡米し、日本人として初のマジソンスクエアーガーデンのリングを踏む。1ラウンドでKO勝ちし、5勝1敗1分をマークして帰国。その後もアメリカ、ハワイなどで活躍し、引退後は帝拳のトレーナーとしても活躍した。

1937年4月、就寝中に心臓麻痺で急死。享年29歳。

1949年から1951年にかけて『漫画少年』誌上で木村久をモデルにした〝ノックアウトQ″が連載され、『あしたのジョー』の誕生にも影響を与えた。
最終更新日: 2017年01月31日
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