戻る
2017年3月27日 の記録
小田島 敬子さん【花巻中央地区】
投稿者:寺嶋
カテゴリー: 土地の人に聞け
拡大してみる
昭和11年釜石生まれ。「くるみの森」というイギリス海岸を訪れる人々の休憩所を運営されています。イギリス海岸やそこでお会いした人々に関する出来事を中心に伺いました。



釜石艦砲射撃の記憶

 釜石で生まれたんだけど、終戦後、小学4年生くらいのときに父の戦友がいる花巻温泉の方に越したの。

 (戦時中)釜石が攻撃された時は父親が戦争さ行ってるから、年子の小さい弟を母親が2人おぶって山さ逃げました。いつだったか“ウォー”って(警報が)鳴ってきたから、「母ちゃん防空壕に逃げよう」って言ったの。そしたら「おれは死んでもいいから…」って、子供ちっちゃいの2人抱いて「ここにいる」って言うから、しゃりむり引っ張って防空壕に入ったんだ。そんとき屋根から、大きいのではないんだけど…攻撃されてね。だから入らねだったらもちろん死んだのね。そんな後、父親は無事帰ってきて、戦友の家で百姓始めたんです。



かつての花巻温泉周辺

 佳松園のとこは射撃場だったのね。あと、あの辺には別荘がいっぱいあった。それから、温泉病院の坂っこのとこにプールもあったし、今温泉の駐車場になってるけど遊園地や動物園もあったの。色んな動物いましたよ。それに動物園の奥の方にジャンプ競技場もあったからスキーの大会もあった。

 あの辺りには置屋さんがいっぱいあったの。花巻温泉にはいっぱい芸者さんいて、そして冬になると足駄みたいなの履いて、留袖を着て、そして紫の蛇の目(傘)差して、裾ちょっと持ち上げて、しゃなりしゃなりと歩いてたの。いっぱいいましたね。



子ども時代の遊び

今は電車が通ってないけど、松山寺ってお寺の前に電車の駅があったの。あの頃一番面白かった遊びはね…落ちている釘を拾って、線路に置くんですよ。そうすると電車が通った後に釘が平らになるので、それを曲げてピン止めを作ったりしました。それから線路にはいろんな植物が生えてて、今でいう「ひろっこ」って、丸い坊主のあるネギみたいなの、そんなの採って食べたりしてたの。おもしろかったですよ。



25歳の時に結婚

 嫁いでこっちに来たの。そして東町に事務所を構えてね。そこが昔は設計の学校みたいになってて、色んな人に建築のこと教えてたの。それで1級建築士が旦那も含めて4人くらいいた。うちの息子ももちろん。みんなそれぞれ2級までは取るけど、1級ってのは取るのがなかなか難しい。7年の経験で2級取って、その4年後に今度1級の資格取る勉強に入るわけ。やっぱし取れないであきらめる人もいるからね。



花巻まつりの賑わい

東町はお祭りのとき凄かったんですよ。いっぱい出店が出て賑わいました。でも、うっかり玄関あけてらんないのね。的屋さんたちが勝手に水汲んだりトイレ使ったり、勝手に家に入るんですよ。だから祭りのときはシャッター下ろして、家にいないようにしたの。

貢(息子さん)がまだ背中にいる頃だけど、お旅屋(おたびや)の建物があったんですよ。お参りにも行ったし、サーカスとか色んなのが来たんです。でもその建物が煙草火かなんかで火事になって無くなったの。



イギリス海岸周辺の風景

この家の近く(イギリス海岸の少し川下)だと花火がすごいですよ。あと桜なんてもう見事。それに子供たちが凧揚げをやりますし、宗青寺の檀家の人たちが灯篭流しもしていますね。灯篭はちょっと川上の方から流すんですっけ。派手ではないけど静かで神秘的な感じがする。

イギリス海岸の辺りは17、18年位前に整備されたね。その前はけもの道だったわけですよ。何年か前に北海道から女の人たちが2人来たんだけど、「けもの道だったのにどうしてこういう風に整備したのか」って言ってた。「それが良くて私たちは北海道から来たんですよ」って。やっぱ整備したのがいい人と、昔懐かしいとこ歩きたいと思う人といるのね。



イギリス海岸での遊泳

 イギリス海岸の辺りは泳ぐ場所だったんだね。今も子供たちを川上で(安全な状態で)泳がせたりはしていますよ。

いつだったかね、ご夫婦の方が川にしゃがんで手を合わせてるから、声を掛けたったのね。どうして拝んでるかっていうこと聞いたら、むかしむかし、女学生だった妹が川の深いとこに入って死んだって話なのな。だから、何十年たっても拝みにこらさるって言ってた。

 それから今みたいな遊歩道ができる前の話だけど、観光客の若い女の子が2人川にいたんです。私が「ここ滑るから、怖いところだから下の方に行かないで」って言ったんだけど、「大丈夫よ」なんて言って靴脱いで足洗おうとしたの。そしたら滑って胸まで水に浸かったのね。泥岩で滑るじゃないですか。あそこはきれいなんだけど怖い場所だね。



くるみの森を始めたきっかけ

若い男の子に、「ここら辺にお茶飲むとこ、お休みするとこありませんか」って聞かれたの。だから、「ここら辺に何もないんだけど、イトーヨーカドーならお茶くらい飲めるよ」って言ったら、「あぁ、そこまで行くなら、ここら辺で休んでる方がいいな」って。どうやらオートバイとか自転車で遠くから来た人みたいで、近場で休みたかったみたい。

それで、今借りている所の大家さんに、「お茶飲むとこ、私が協力するから作りませんか」って言ったんですよ。そしたら、その時大家さんが70歳だったから、「この年でそんなことしたくない」って。「私協力するから」って言ったんだけど、「ならお前さんにタダで貸してやるからやってみてみろ」って。タダならこれいいかなって(笑)。そしたらタダなことのほど大変なことはない。こっちさ引っ越すときに掃除もしないで放棄してった築80年くらいなってる古民家ですので、家中ゴミだらけだったわけですよ。



くるみの森の整備

 とにかく法面じゃないですかあそこ。こうなってるから(手を斜めに)。歩くとこがない。そんで犬を連れて毎日毎日まっすぐはできないから、斜めに犬を連れてこう、道づくりから始めましたよ。うん。だって上がるところないんだもの。

くるみの森に立ってる『月夜のでんしんばしら』はね、コンクリに代わるときに、忘れていったんだか古い電信柱が横にあったんですよ。それを何人かの力を借りて立てたんです。ちょうど塩梅に、時々遊びさ来てた人の娘さんが東北電力さ勤めてるというので、その人に碍子(がいし)を送ってもらったの。電信柱の顔もそのおじいちゃんが作ってくれたの。本当にいろんな人の協力があってできたものです。

息子たちが少しずつ掘ったり石並べたりやってくれて今はちゃんと道があるけど、その前は年取った人たちが滑って、よくあの法面をひっくり返ったんですよ。それで階段になったんだけど、その階段に「手すり欲しい」ってことも言われるのね。それで、去年あそこら辺整備してる若いものに言ったら、「駄目だ」って反対されたの。でもその分、山から切り出した木で杖を作ってくれたんです。許可下りないと私たちも勝手にもできないから。国が関わるということはね、そういうことなんです。でも楽しいからやってますよ。

※くるみの森前の法面は国土交通省が管理しており、階段の整備等でも許可を得ることに苦労された



くるみの森の運営と今後

くるみの森を始めてから18年目に入っている。今は9人のボランティアさんがいて、その人たちの力を借りて当番制でやってるね。

私、若い頃洋裁やっていたんです。だから、くるみの森を閉めてる時期(10月中旬~4月末)はその人たちに裁縫教えてるんですよ。作ったものはくるみの森でも販売してます。それから、山さ行って山菜採ってきて味付けしてちゃんとしてお客さんに出したりしてる。

後継者はないです。今後は自分がいつまでできるのかなって感じだね。(他のボランティアの)みんなが私よりなんぼかずつ若いからやってくれるんだけど、私一番の頭だからね。私がやめるならやめるって言われるから。



宮沢賢治のファン

 くるみの森は半年間だけなんだけど、1500~1600人のお客さんが来てお茶っこ飲んでいくわけですよ。賢治ファンがどれだけいるかっていう感じですよね。

 東京から来た親子さんの話なんだけど、親子で石拾って上がって来ったんですよ。「なんで石拾ってきたの」って聞いたら、お父さんが賢治ファンだったんですって。それで、そのお父さんが亡くなったから、お墓にイギリス海岸の石を入れてやりたいから拾いに来ましたって。色んなお話があるんですっけ。

 海外から来る人もいて、いつだかヨーロッパから来たって人がいたね。あと、前にアメリカの若い男の子が来たったんですよ。アメリカに帰って、そして賢治さんを広めたいですってしゃべってたっけね。



宮沢賢治に関連した催し物

 うちでは、くるみの森を開設して10年の時に催し物をやりましたよ。来たお客さんに団子や漬物を出したりして、あと作品を歌ったり読んだりしましたね。

 宮沢賢治さんの亡くなった日(9月21日)に合わせて北上川の水位が調整されるけど…成功したときが少ない。だって、9月っていうと雨降るじゃないですか。かえって天気続いた時の方が川底を見ることができたりするね。



近隣の観光場所

 うちに来た人にどこを巡ってきたか聞くと、宮沢賢治記念館にはよく行ってきたって話をするし、羅須地人協会を見てきたっても言うね。あと、鍛冶町の(宮沢賢治の)産湯に使った井戸とか、駅前の林風舎とかに寄ってきたっていう話も聞く。でも、一番はマルカンですね。わざわざ東京の方から食べに来たって人もいたっけもんね。



一番好きな食べ物…山菜

 山菜料理が一番好きです。お客さんにも出してます。都会から来てる人がほとんどなもんだから、山菜を出すとうんと喜ぶんですよ。関東とかそっちの方。たまに九州とか沖縄の人もいるね。だから、「これミズなんだよ」って言ってもミズ食べたこと無いから、酢味噌和えにして出したり、ふき煮つけてやったり。あと、一番喜ばれるのはねイタドリを味付けしたもの。一番美味しいって言われます。

イタドリは堤防にもあるし川っぷちにもある。どこにもあるんですよ。ただ、調理が難しいんですね。採ってきて皮剥くじゃないですか。そして熱湯3秒間入れるんだけど、空気がはじける『パチッパチッ』っていう音が3回か4回くらいしたらすぐ水に取らないと溶けて無くなる。そのあとは適当に油炒めにする。ちょっと酸味があって、やみつきになる味だね。



【取材担当】寺嶋(岩手県立大学)、伊藤
最終更新日: 2017年05月04日
この記事へのコメント