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1950年12月26日 の記録
高村翁に“画室”
投稿者:ふるさと 管理1
カテゴリー: 岩手日報記事
 稗貫郡太田村の人々はクリスマスを機に詩人高村光太郎氏に長く踏みとどまってほしいとアトリエを建てる計画を考え、村長高橋雅郎氏が「高村光太郎氏アトリエ建築協議会」を組織して明春早々県下の文化団体や一般に呼びかけることになった。
 これまでもアトリエ建設の話はしばしばあったが、何れも個人的な名誉欲や利用しようとするものが多く高村氏もその点を深く警戒していた。しかし今回は高橋村長が公人の立場から大衆に呼びかけて最後まで責任を持つということからアトリエ建築が具体化していった。建築場所は現在高村氏が居住されている山家の傍らの小高い丘が予定され、設計は高村氏に一任される。
最終更新日: 2014年07月27日
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