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家老席日誌-享保13~享保21.3.2
投稿者:ふるさと 管理1
カテゴリー: 花巻城家老席日誌
【享保13年(1728)】―この年10月下向―
1/ 1 花巻郡代日戸五兵衛、花巻より戻り田螺と芹、貝差上げ
1/ 2 正月御礼で50石以上の花巻御給人2人ずつ目見え
1/13 花巻御給人太田五郎左衛門と花巻町奉行長坂半平、買米指図役人
    に任命され、米屋と錦屋茂八郎へ指図。 
    ・黒沢尻物留御番に沢田長兵衛、村瀬彼面、奥守之進を任命。
1/17 二子通代官交代、堀江九右衛門→山屋三郎左衛門
    ・万丁目通代官交代、太田代兵右衛門→川井新五左衛門
    ・安俵通代官交代、伊藤源五左衛門→下田覚兵衛、中村七郎右衛門
     →大沢甚右衛門。
    ・黒沢尻代官交代、高屋四郎左衛門→小山田文右衛門
1/24 鬼柳通代官の服部伝左衛門、痰咳煩い辞任。
1/30 代官交代:鬼柳通代官服部伝左衛門→太田五郎左衛門、黒沢尻通代
    官藤沢佐左衛門→下田宇兵衛、高木通代官藤根伝兵衛→伊藤源五左
    衛門、寺林通代官太田五郎左衛門→高杉新兵衛
    ・蔵奉行交代:花巻本御蔵奉行一戸義兵衛→工藤与一右衛門、
     花巻新御蔵奉行平原弥右衛門→橋野忠左衛門、
     黒沢尻御蔵奉行工藤弥右衛門・同喜右衛門・栃内藤五郎→
     小田代文助(奉行人員削減)。
    ・花巻御山奉行に蒔内助右衛門、花巻東根通山奉行に金田一八郎
     右衛門、同西根山奉行に飯岡条助と花巻御給人戸田喜左衛門を
     任命。なお花巻御山奉行は所御給人1人ずつ勤めてきたのも
     相加え。
2/15 花巻本御蔵奉行交代、工藤与一右衛門→佐々木惣七
    ・御買米御用役人に工藤与一右衛門任命(1/13関連、役人3名と
     なる)
2/16 花巻町奉行藤根清右衛門、病気で辞任
2/22 花巻御給人昆喜右衛門、盛岡から花巻の中野三郎右衛門家に移し
    て閉門の処分。
3/15 寺林通代官の高杉新兵衛、痰咳のため辞任(4/7後任に青木八郎
    右衛門任命)
4/17 野々村直右衛門、痰打ち身治療のため台で湯治暇(2廻)
4/21 宮手茂兵衛、湿疹治療のため台で湯治暇(2廻)
4/22 糠塚平治、湿疹治療のため台で湯治暇(2廻)。
4/28 寺林通代官青木八郎右衛門、痰咳のため依願辞職。
5/11 大森金右衛門倅の金之丞の伊勢参宮を許可。花輪郡代交代:岩間
    杢兵衛→川嶋杢左衛門
5/13 上田軍蔵、打ち身治療のため台湯治、往来14日の休暇。 
    ・寸志金督促
5/14 跡式:花巻御給人煤孫惣次郎→同治三郎(100石)。平沢庄内の養子
    に花巻の上田惣兵衛次男の庄七。
5/19 和賀川物留新番所法度物留帳、花巻郡代に送る。これ以前の書付
    なく、花巻御給人勤務。
    ・黒沢尻物留番所へ物留帳と商船ひらた帆役取立て定目を書き改
     めて送る。
5/21 日戸宇右衛門、痰湿疹のため台で湯治暇(2廻)
5/22 黒沢尻物留番人,3人から6人に増員し、1ヶ月2人ずつとなる。
5/25 寺林通代官交代、青木八郎右衛門→花巻御給人小野寺惣左衛門
5/26 献上のカタクリ粉、差し登る
6/13 黒沢尻物留番の奥守之進、病気で辞任(6/15、後任に桐生源左衛
    門任命)
6/16 刀指の川村孫次郎、森休印弟子となり御小納戸支配。
6/26 跡式、花巻御給人奥寺八兵衛→同孫右衛門(50石)
    ・公儀薬草御用3名、25日花巻到着し、花巻町奉行太田五郎左衛
     門と同役長坂半平見舞う。
7/ 5 秋留守登りの名簿、喜寿院番人に鈴木宇兵衛と照井与六
7/ 7 秋討鳥、石鳥谷は高杉理五右衛門、花巻は勝又半六、和賀は中野
    半七。
7/ 9 舫奉行伊藤次郎右衛門、花巻へ洗濯休暇20日間。
7/22 花巻で15日傷害事件発生、乱心の池内伊平治は取押さえられ18日
    病死。
7/26 花巻新御蔵奉行交代、橋野忠左衛門→高橋儀兵衛
8/ 9 跡式、苫米地長左衛門→同久治(50石余)
8/14 田鍍孫三郎、湿疹のため台で湯治暇(1廻)
8/28 光源院葬式に出席した花巻円通院と威徳院らへ、伝馬証文交付し
    帰る。
9/ 1 鮭かの1尺、花巻関袋留で取上げ。
9/ 2 花巻町奉行太田五郎右衛門と長坂半平、当年の登らせ米御用出精
    で褒賞
9/ 6 花巻御給人佐々木治之助、知行所洪水で永代荒れの報告
9/14 江戸下りの太田左太夫、花巻で病気のため逗留し、花巻御町医城
    玄察と外科平野意安が治療に当たる
    ・戸田内権太夫知行の安俵通矢沢村8石7余、洪水で荒地
9/21 花巻二郡中御新田奉行の花巻御給人中野三郎右衛門、病気で辞任。
    ・石鳥谷御鳥討の大森金之丞、献上3番鶴討ち上げる。塩念入り
     にして6日振りで出立。



【享保13年(1728)】―この年10月下向―
9/25 花巻御給人小山田善左衛門、八幡通代官を病気のため辞任。
9/27 領内洪水被害、幕府へ届け出。
10/ 1 下向の殿様、4日水沢宿泊、ご機嫌伺いの品花巻郡代まで届く。
    (9/22殿様、江戸出立)
10/ 3 江釣子軍右衛門、実母が松林寺小田島六位宅で病床。介抱のため
    15日間の休暇。
10/ 5 下向の殿様、花巻到着。(翌6日盛岡到着)
10/20 黒沢尻物留御番交代、村瀬又右衛門→中島伝右衛門
10/21 氏家善八知行の二子通笹間村48石75の内0石45、7月の洪水で
    永代荒れ。
11/ 7 役人へ倹約の仰せ渡し
11/ 8 改名、花巻御給人松川八左衛門→同忠左衛門、
    小川治右衛門→同清右衛門
11/10 家督、田頭多左衛門→同又六(70石) 、
    松田弥兵衛(もと花巻郡代)→同幽水
12/15 月次御礼、田頭又六藩主に目見え。



【享保14年(1729)】―藩主修理太夫信視在国―
          家老名-中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
          毛馬内九左衛門直員、新渡戸佐五左衛門常顕
1/ 1 花巻郡代日戸五兵衛、花巻より戻り美濃魚と芹差上げ
1/ 2 年頭御礼(中ノ丸上段の間)、花巻50石以上2人ずつ目見え
1/10 信視公お召しの鎧、総角の間で儀式、岩井甚六製作。
1/12 黒沢尻物留番に、中里半兵衛、藤田孫左衛門、堀江九右衛門の
    3人任命
    ・代官交代:寺林通代官栃内軍蔵→米内孫左衛門 
     八幡通代官照井多左衛門→平館十右衛門
    ・御蔵奉行任命
1/14 三浦道甫、痔のため台で湯治暇(2廻)
1/22 嶋森源五右衛門と一条八十治、台で湯治暇(2廻)
2/ 1 二子通十二丁目村百姓、1月12日欠落、郡代日戸五兵衛訴え。
    ・寺林通北寺林村台所屋敷の農家全焼
2/ 2 花巻の平沢万右衛門病気、多田十三郎介抱のため往来10日の
    休暇。
2/ 7 二子通代官交代、高橋多右衛門→小山田善左衛門(花巻郡代日戸五
    兵衛へ通知)
    ・代官交代:万丁目代官簡作右衛門→門屋助右衛門、高木通代官
     伊東源五左衛門→蛇口六郎左衛門(花巻郡代日戸五兵衛へ通知)
    ・花巻新御蔵奉行交代、上野十郎兵衛→小野寺市右衛門(花巻郡
     代日戸五兵衛へ通知)
    ・花巻東根御山奉行交代、戸田喜左衛門→柏葉恒右衛門(花巻郡
     代日戸五兵衛へ通知)
2/13 刀指の種矢長次郎、台で湯治暇(2廻)
2/19 黒沢尻代官交代、玉山庄左衛門→材津庄右衛門
    ・舫奉行の伊藤次郎右衛門、洗濯休暇20日から3月5日までの
     15日間
    ・岩館吉三郎、湿疹のため台で湯治暇(3廻)
    ・黒沢尻物留番交代、堀江九右衛門→岩間作右衛門
3/8 外記殿、財政難で1ヶ月飯米15駄ずつ9月まで拝借。返済は宮野目
    村300石の出米200駄を代官へ返済。
3/9 花輪郡代に栃内与五左衛門任命
3/13 四戸武左衛門、病気のため台で湯治暇(3廻)
3/18 二子通太田村で安村新八知行15石349の内2石前年の洪水で永代荒
    れ、竿改めの訴え
3/20 大工小頭清助、台で湯治暇(2廻)
3/22 江戸屋敷御用金250両、江戸に到着
3/23 二子通太田村百姓三右衛門手廻し5人、10日欠落。
3/24 鈴木八郎右衛門、台で湯治暇(2廻)
3/28 喜庵知行の八幡通東宮野目村0石385、前年秋の洪水で川欠、永代
    荒れ。黒沢伝左衛門知行の安俵通矢沢村220石の内7石、前年秋の
    洪水で川欠。月次御礼。
3/29 漆戸勘左衛門、江戸の狩野松林へ屏風代支払い
3/30 八戸藩主南部広信、江戸28日出発の報
4/ 2 大迫中町火事で47軒焼失、代官訴え。火元の利右衛門5人組に預け
    (27日赦免)
4/ 3 盛岡城下で大火(5月4日付で幕府に届け出)
4/16 鬼柳代官平賀儀兵衛、湿疹のため辞職願うが、却下。万丁目通里
    川口村だふ屋14日夜焼失。
4/20 岩根金左衛門、家屋焼失のため当年中知行所黒沢尻通横川目村へ引
    越し
4/24 六日町長介もと下人、鬼柳境で無判のため田名部へ追放の処分。
4/25 太田左太夫、花巻へ洗濯往来のため30日暇



【享保14年(1729)】―藩主修理太夫信視在国―
5/ 1 中村所兵衛と右角父子、花巻の甥中村定八方へ引越し、7ヵ年の
    勘略。
5/ 4 辻村磯右衛門、疾のため台で湯治暇(2廻)
5/ 6 薬草御用阿部友之進(7/9続報)
5/ 7 山本平助、手足痛み歩行困難のため、台で湯治暇(2廻)。松前侯
    よりの鷹3居、盛岡到着
5/15 花巻御給人小原平四郎嫡子の宇七郎(19歳)、逐電
5/20 森休印ら、道具焼失のため細工困難を訴え
5/24 長嶺市平、花巻の実父中島権四郎を病気見舞い、往来7日間の休暇
6/ 1 花巻郡代日戸五兵衛、小鮎鮨100入り1桶差上げ
6/15 辻村磯右衛門弟子で大瀬川住いの久之丞、花巻城鉄砲古筒の繕い
    細工を先代より勤め、この度四匁筒初めて張り差上げ。
6/22 高木通代官交代、玉井清太夫→中市吉右衛門
7/ 7 御機嫌伺いのかたくり粉前月27日献上の報
7/ 8 舫奉行の伊藤次郎右衛門、花巻へ洗濯休暇20日間
7/11 白石与六弟子の臼井仁右衛門ら兵法稽古、淡路丸で藩主利視の上
    覧。
7/21 諸代官へ勝手不如意につき勘略の儀通達
8/6 花巻支配所晴山村大篠田物留番所前で3日夜に米付け通る者発見、
    番人永井利左衛門と高橋小三郎詮議、米を拾置、人馬は見失う。
    郡代まで訴え。
8/7 花巻高瀬川猟師甚四郎、川鱸1本取上げる。
8/17 黒沢尻代官の小山田文右衛門、病気により辞任(→8/20後任に宮
    治兵衛を任命)
8/18 花巻の鳥討に大森金之丞、石鳥屋の鳥討に佐藤弥平次、和賀の鳥
    討に中野新六を任命。
9/7 沖孫太夫、持病の痔差発し、台で二廻湯治暇。
9/9 岩崎番所勤務、花巻御給人を取止め、盛岡の刈屋与一右衛門、松田
    清左衛門、又重三郎兵衛、下河原武右衛門の4人が1人ずつ交代
    で勤務。
9/10 石鳥谷鳥討の佐藤弥平次、菱喰1討上げ。
9/12 来春の供登りのメイバー
9/13 佐藤甚之丞、痛みあり、台で二廻湯治暇
9/15 花巻信楽寺入院御礼
9/16 参勤御用懸に御用人日戸仁兵衛と御勘定頭米田与右衛門、任命さ
    れる。
9/28 河嶋杢左衛門、痛みあり台で二廻湯治暇
閏9/14 小田嶋源右衛門、台で一廻湯治暇
閏9/15 吉田左太夫、痛みあり台で二廻湯治暇
閏9/16 金田一又助、花巻太田村金田一又八所の老母介抱のため往来10日
    休暇
11/18 跡式、花巻御給人一方井新助→養子一方井孫太郎
11/19 岩崎番人交代、下河原武右衛門→葛西市内
11/23 花巻郡代日戸五兵衛報告:黒沢尻本町の甚九郎父子3人牢屋入
    り、甚九郎は享保11年10月病死、子の太郎腹痛のため御役医太
    田宗達申付け。
11/27 小山田八五郎の父文右衛門、7ヵ年勘略のため花巻引越し認可、
    八五郎継ぎ目し残る4ヵ年勘略を認可される。
12/ 1 月次御礼で花巻御給人一方井孫太郎、継ぎ目御礼申上げ。二子通
    轟木村の渡部丹治知行百姓の弥惣治手廻6人、8日夜欠落。江戸
    で花巻御給人照井与六、名を与五右衛門と改める。
12/ 3 常府の狩野永寿と小川休林ら、江戸から国元にもどるようを申し
    渡される。
12/ 9 霊巌院二十三回忌法事で功徳により花巻の松川八左衛門預かりの
    松川幸太郎、蟄居を解除。
12/10 稗貫郡矢沢村久慈伝八知行地、前年夏の洪水で川欠落し18石余の
    中1石荒地の見込み、検地を願い出る。
12/12 花巻御給人小守林実之助、名を吉右衛門と改める。
12/14 花巻郡代日戸五兵衛報告:八幡通上似内村百姓長助手廻3人、
    26日夜欠落
12/15 公儀倹約令、花巻郡代へ書状で通知。
12/17 高木通代官蛇口六郎左衛門、11月発病し快気の見込みなく辞任を
    花巻郡代に申し出る。
12/28 月次御礼で花巻与力の平沢与七郎、鳥目差上げ。
12/晦  花巻郡代日戸五兵衛訴え:上鬼柳村清八手廻7人が10日から行方
    不明、二子通轟木村渡部丹治知行百姓の次郎右衛門11月28日欠
    落。



【享保15年(1730)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             毛馬内九左衛門直員
1/1 花巻郡代日戸五兵衛、盛岡城中ノ丸上段の間で修理太夫信視にお
    礼申上げ



【享保15年(1730)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             毛馬内九左衛門直員
1/2 50石以上の花巻御給人鳥目差上げお礼申上げ、2人ずつ。絵師森
    休印お礼申上げ。
1/12 役替え:万丁目代官毛馬内源右衛門→多田仁右衛門、
    鬼柳代官平賀儀兵衛→四戸平兵衛、
    大迫代官成田武兵衛→石橋忠左衛門、
    黒沢尻通代官村津庄右衛門→佐藤勘之介
    花巻元蔵奉行四戸平兵衛→亀ケ森六之丞、
    黒沢尻蔵奉行平舘義右衛門→中村千兵衛
    黒沢尻蔵奉行太田代伝助→栃内藤五郎、
    大迫蔵奉行工藤弥右衛門→米内伝左衛門
    黒沢尻物留に神尾権太夫、横浜与市、儀俄権左衛門の3人を任命。
    岩崎番人に、安村文太夫、高橋与四郎、内山五兵衛、沖孫太夫、
    石井新之丞の4人を任命。
1/15 月次御礼で、花巻御医師村松的庵子の六庵、御礼申上げ
1/18 殿様2/29参勤発駕の日程
1/27 盛岡鍛冶町の兵次郎から海北の屏風御用のため取上げ、代りに5両
    を支給する
1/28 月次御礼で、花巻御給人一条弥八郎殿様に目見え。殿様、来月19日
    参勤発駕、道中14日振り、途中日光参詣し、3月3日着府、江戸へ
    飛脚を遣わす。
2/3 相坂五郎左衛門へ轟木村川欠高4石95の証文下す。花巻の牛馬改役
    人に杉村次郎右衛門、遠野・大迫・郡山の牛馬改役人に浪岡三右衛
    門を任命。八幡通代官岩間長兵衛→宮野条右衛門
2/6 伊藤太郎右衛門へ、参勤の節鬼柳までの道橋見分を命じる
2/11 跡式:花巻御給人蛇口六郎左衛門→子の新平、郡代へ書状遣わす。
2/13 細嶋本陣の安斉一郎左衛門より、真鴨2羽、榧柿差上げ、年始御機
    嫌伺い。
2/14 村井忠右衛門、知行地の鬼柳通(万丁目通か)万丁目村39石余洪水
    のため永代荒地となり、竿改めを依頼する。
2/16 矢幅八右衛門知行の上根子村百姓清次郎と娘、12月28日欠落の訴
    え。
2/17 松岡内蔵之丞、7ヵ年勘略のため知行地の黒沢尻通藤根村に引っ
    越すことを認可される。
2/19 殿様参勤、辰の刻(午前8時頃)発駕
2/20 名改め:花巻煤孫治三郎→煤孫治弥太、新渡戸小助→新渡戸伝蔵、
    岡百松→岡林右衛門、高橋猪之次郎→高橋市郎平、
    三田善太郎→三田源右衛門、三田熊太郎→三田吉郎太、
    佐藤勘之助→佐藤友之丞
2/21 舫奉行の伊藤次郎右衛門、花巻への洗濯休暇と台での湯治願い認
    可される。
2/24 駒嶺次郎兵衛、打ち身治療のため台で湯治暇(2廻)
2/26 殿様旅行につき、七木田より飛脚届く
2/27 内山五兵衛、岩崎番人を辞任
3/ 7 花巻万丁目の南根子村田村多兵衛家、4日晩自火にて焼失、組合預
    かりを免除。花巻与力の三田六郎左衛門へ普請功労で褒美金2歩下
    賜。殿様、2月29日鉢石に一泊し翌1日日光参詣との飛脚届く。
3/12 殿様5日江戸着の飛脚届く
3/18 跡式:花巻御鳥見和田三右衛門→子の甚五兵衛(4駄2人扶持)
3/28 跡式:花巻御給人岩間長兵衛→子の又十郎(70石)
4/ 6 狩野永寿父子、公用及び居室などの片付け止めがたく、公用終
    了次第、妻子連れて下国となる。倅永湖江戸より差下げ。
4/11 中嶋三郎次、台で湯治のため往来20日休暇。岩間治五右衛門、
    花巻御給人岩間五郎次が幼少で親類がないことから引き取り養育
    する。
4/19 狩野永湖19日下着し、父永寿へ支給している15人扶持を一時永湖
    に支給する。代りに江戸で修行中の永湖に支給されていた宛がい
    を取上げる。
4/23 幕府から翌年からの上げ米を廃止、参勤は9月暇となる。来年9月
    に参勤伺いを取り、再来年3月参勤の予定となる。
4/24 万丁目通上根子村藤八家、22日申の刻(午後4時頃)出火、類焼な
    し。
4/28 梅内喜斎と原茂兵衛、台での湯治暇(2廻)
5/ 2 福村勘斎、台での湯治暇(2廻)
5/ 8 花巻御給人蛇口新平らへ知行所川欠高の証文下す。
5/ 9 花巻信楽寺住寺の玄恕、4月25日行方不明→6/18後住を二子村遍照
    寺とする
5/19 小田嶋庄蔵、打ち身のため台での湯治暇(1廻)
6/ 1 八幡通八幡村質屋忠兵衛家、5月27日自火にて焼失。
6/ 2 狩野永湖、手足痛み鹿角大湯での湯治暇(2廻)
6/ 3 花巻与力の小川只右衛門の婿養子を花巻御給人小川造酒右衛門弟
    の文次郎(18歳)とする願い認可。
6/11 北林弥知行の八幡通八重畑村金十郎家、自火にて6日夜焼失、金十
    郎の五人組預けを免除。



【享保15年(1730)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             毛馬内九左衛門直員
6/23 黒沢尻通代官交代:宮治兵衛→藤田太郎兵衛。献上のかたくりの
    粉、11日朝関新兵衛付け参り首尾よく献上済む
6/25 二子通代官交代:山屋三郎左衛門→坂牛孫左衛門(もと郡山代官)
6/27 岩崎番人交代:高橋与四郎→七戸忠右衛門、
    黒沢尻番人交代:安村文太夫→宮田瀬兵衛
    ・花巻御給人乙部長蔵へ、大光寺彦右衛門の代りに秋登りを仰せ
     付け。
7/ 2 太田左太夫、持病の痺れ差し起り、花巻台での湯治暇(2廻)
7/ 5 多賀頼母へ、櫛引八幡神事名代を仰せ付け。松田佐次右衛門、
    名を与平次と改める。八幡通代官交代:照井多左衛門→嶋川幸右
    衛門
7/ 6 本堂源右衛門知行、安俵通小山田村100石の内10石程6月6日の洪
    水で永代荒地となる。
7/ 7 鳥討:和賀-大森金右衛門、花巻-佐藤弥平次、
    石鳥谷-中野新六→8/5場所を指示される
7/29 花巻御給人猪去内蔵之丞知行、高木通東十二丁目村40石余の内
    4石29程、里川口村19石余の内2石600程、6月洪水で永代荒地。
8/ 2 花巻役医の太田宗達、持病の頭痛と強い眩暈、盛岡で養生するた
    め役医辞任を願う。
8/ 4 岩本八郎、早池峰参詣のため往来4日暇。高橋与四郎知行の黒沢尻
    通横川目村66石余の内2石900程、6月洪水で永代荒地となる。八
    木橋弥兵衛、五戸で行5日間の後櫛引八幡参詣のため往来15日間
    暇。
8/ 5 藤田太郎兵衛、病気のため黒沢尻代官辞任→8/15後任に田中八十
    右衛門
8/15 献上の菱喰、2番大森金之丞、3番佐羽内守之進討ち上げ。
8/20 献上の菱喰、中野新六討ち上げ。花巻で青鷺隼にて野隼翕上げ、
    褒美金200匹ずつ、鷹匠の根守弥一郎と鳥見の田中太郎兵衛。
8/21 三戸八幡神事済み、矢と昆布、枝大豆、神酒差上げられる。南部
    甲斐守広信(八戸藩主)参勤のため21日盛岡着、御仮屋入り。
8/23 滝沢八左衛門、櫛引八幡神事御用に弟の文助を代理とする。
9/10 花巻御給人中村定八、知行の黒沢尻代官所内100石内5石600程、
    秋洪水で永代荒地となる。
9/11 花巻四日市の甚九郎子供の才三郎、手負い鶴1羽見つけ差上げ、
    褒美500文
9/13 花巻御給人平賀義兵衛知行、黒沢尻代官所内60石の内0.9石、8月
    の洪水で川欠永代荒れとなる。米内孫兵衛、持病の痔差発し台で
    の湯治暇(1廻)。
9/19 佐藤甚之丞知行の安俵通十二ケ村、落合村84石余の内10石程、
    洪水で永代荒地。佐藤武兵衛知行の安俵通十二ケ村50石の内8月
    洪水で永代荒地となる。
9/22 小川玄益、中症のため台での湯治暇(3廻)。
9/24 織笠庄助知行の高木通140石の内4石程、7月洪水で永代荒地とな
    る。桑折本陣の佐藤新兵衛、近年困窮し家大破、修復のため合力
    を町奉行へ願い出るが、不如意の時節と前例により5両を路銀とし
    て支給する。
9/26 領内宗門目録(343,031人、62,292軒)、江戸へ飛脚。
9/29 松前志摩守、参勤のため29日盛岡本町の太郎次郎へ着く。
10/ 2 公義より帰国の許可、23日江戸発駕
10/ 4 殿様9月28日江戸発駕、道中14日振り、10月12日着の飛脚。
10/ 6 四戸文弥知行の大迫代官所亀ケ森村6石余の内、8月の洪水で永代
    荒地となる。四戸平兵衛、痰仙気にて鬼柳通代官を辞任。御小納
    戸根市権四郎、鬼柳までの殿様下向のため出迎える。
10/ 7 殿様下向の日程、佐竹右京太夫通り差支えあり、15日振りに変更
    される。
10/ 9 殿様前沢泊の御機嫌伺い、真鴨1羽と塩鯛1折差上げ、前例により
    御用人へ申付け。
10/10 下向の配符、河嶋内右衛門組足軽2人、9月27日江戸立ち、10日
    着く
10/11 村上久之丞、吹き出物差し出て台での湯治暇延長(1廻)
10/12 鬼柳通代官交代:四戸平兵衛→栃内右兵衛(もと上田通代官)。殿
    様鬼柳で五つ時(午前8時頃)御昼、花巻に暮六半(午後7時頃)時
    着。
10/13 殿様花巻に12日止宿、午刻郡山着、盛岡本丸着く。
10/17 葛西市右衛門知行の高木通田瀬村(30石200)の内3石程、8月洪水
    で川欠永代荒地となる。
10/29 阿野兵部左衛門、湿瘡煩い台での湯治暇(1廻)。江刺脇之助知行
    の高木通町井村105石700の内8石、田瀬村70石程の内10石、8月
    洪水で永代荒地。酒の値段、諸白1升40文、並酒32文、町奉行へ
    申渡す。
10/晦  野辺地町大火を幕府へ届ける
11/ 1 長崎奉行より荒銅購入の申し入れ。
11/ 5 大沢与惣左衛門、持病の打ち身のため安俵通代官解任。
11/ 6 花巻御給人四戸平兵衛、弟の源太を嫡子とする願い、認可される。



【享保15年(1730)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             毛馬内九左衛門直員
11/ 6 江刺脇之助、鮋(はや)すし子篭、粕漬け、
    例年通り差上げ→11/5根芹1鉢差上げ。
11/11 黒沢尻物留番交代:村瀬又右衛門→松田弥兵衛→11/17松田弥兵衛
    瘡診煩い、代りに伊藤太郎左衛門。
12/ 1 月次御礼:継目御礼-花巻鳥見の和田甚五兵衛、初目見え-花巻土
    沢の持宝院子の法潤。
12/ 3 中野弥兵衛知行の二子通笹間村藤八(32歳)と手廻5人、23日
    欠落。
12/ 7 渡辺丹治知行の二子通轟木村甚四郎手廻4人、3日欠落。
12/ 8 目時門十郎、痰咳煩い、岩崎番を解任。二子通百姓欠落。
12/ 9 花巻万丁目通安村文太夫知行の円万寺村吉十郎手廻3人、名子平
    十郎手廻2人、同村平十郎手廻2人、同所神山義右衛門領茂三郎手
    廻3人、2日夜欠落。
12/12 北九兵衛、花巻で中症煩い、医師に太田祐迪と上野祐達のいずれ
    かを仰せ付けられたい。
12/17 八幡通葛村伊右衛門家焼失。二子通十二丁村彦兵衛手廻5人と仁
    助手廻2人、9日欠落。
12/18 儀俄権左衛門知行の二子通轟木村与右衛門(34歳)手廻3人、3日
    欠落。
12/26 鬼柳通岩崎村助作手廻5人欠落。
12/29 大迫代官下田長兵衛と石橋忠左衛門、役所納米定役銭皆済例年よ
    り早いとして褒美。万丁目通円万寺村九郎右衛門手廻4人、北万
    丁目村新田の彦右衛門手廻5人、浄智院領上根子村伝十郎手廻4
    人、同善次郎手廻4人、欠落。



【享保16年(1731)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             新渡戸佐五右エ門常健
1/1 盛岡城詰之間で花巻郡代日戸五兵衛、雑煮と二三の料理などを引き
    渡される
1/2 花巻御給人50石以上、盛岡城中丸で年始お礼申し上げる。御絵師
    藤田永湖も年始お礼。
1/13 二子通代官坂牛孫左エ門→江刺ケ六右衛門、
    花巻本御蔵奉行佐々木惣七→清水善右エ門
    花巻御蔵奉行亀ケ森六之丞→米内伝左衛門、
    花巻新御蔵奉行高橋義兵衛→中野市之丞(花巻両御蔵奉行は当年よ
    り盛岡より派遣となる。)黒澤尻御蔵奉行小田代又助→辻吉左エ
    門、黒澤尻御蔵奉行(艜奉行兼任)栃内藤五郎→栃内与次平、
    八幡通代官宮野条右エ門→藤根伝兵衛、
    安俵通代官藤根伝兵衛→平賀儀兵衛、
    鬼柳通代官富沢佐左エ門→神山幸右エ門、
    花巻東根御山奉行蒔内助右エ門→細越与右エ門、
    花巻西根御山奉行飯岡条右エ門→和井内只右エ門
1/27 沢田長兵衛知行所万丁目通花巻村107石余、一昨年の洪水で川欠
    永代荒れとなる。
1/28 月次お礼、江戸御町の南部屋八十治と綿屋瀬兵、扇子差上げ
2/4 花巻郡代日戸五兵衛、病身のため辞職願い出るが却下される。
2/7 大迫御蔵奉行米内伝左エ門→福田治平
2/19 本堂了甫、持病の痔差発し台へ2廻湯治暇
2/23 跡式:花巻御給人四戸平兵衛→養子源太(60石)。
    →4/1四戸源太、月次お礼で目見え。
2/24 花巻御給人小山田善右エ門二男の善治の伊勢参宮、認可。
3/6 日戸仁兵衛知行、万丁目通円万寺村左衛門四郎手廻し5人、22日
    欠落。
3/8 大迫通代官交代:下田長兵衛→鈴木七郎右エ門
3/9 松前志摩守下向、12日盛岡止宿、盛岡側の使者任命。
3/13 楢山文左エ門知行、花巻平沢村130石、物成米定、年々検見役金
    100石10両、肝入の申し出で10両の役金納めかねる、米115駄に
    役金なしで納めたい旨の願書、知行所仕置きのため5人百姓に籠
    舎申付け→3/23籠舎御免となる。鬼柳通代官に照井多左エ門と横
    井三右エ門を当分の間仰せ付ける。
3/14 領内村数石高と渡良瀬川御用上納
3/18 岩舘吉三郎、湿相煩い台で湯治、往来20日の暇。
3/22 太田左太夫、眼病勝れず花巻町医より薬をもらい治療をうけるた
    め往来7日の暇。
3/23 花巻百姓の騒動を静めるため、勘定頭横沢武次右エ門派遣される。
    →4/2鎮静の褒美に御紋羽織を下賜される。
3/24 八幡通石鳥谷町権三郎家出火
3/26 美濃部市之助知行、黒沢尻代官所江釣子村16石余の内0石300余昨
    年秋の洪水で川欠永代荒れとなる。跡式:花巻御給人乳井半十郎→
    同清六(50石余)、花巻御給人平沢平内→同庄七(2人扶持)
4/2 舫奉行伊藤次郎右エ門、洗濯のため花巻への往来20日の暇
4/8 鬼柳通代官の照井多左エ門、横井三右エ門を解任し、栃内宇兵衛と
    神山幸右エ門復帰。
4/11 中川後藤左エ門、湿煩い台へ湯治の暇
4/14 佐藤友之進、病気のため黒澤尻代官解任→4/20後任に中嶋忠右エ門
4/15 月次お礼:継目、花巻御給人乳井清六



【享保16年(1731)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             新渡戸佐五右エ門常健
4/17 花巻御給人大湯伝七、前年12月より引き取っていた伊藤甚右エ門
    の行方不明を訴え。江戸上屋敷15日焼失、勘定頭伊藤長治を普請
    御用のため江戸に遣わす。
4/20 勘定頭横沢武次右エ門、花巻二郡中百姓騒動を報告:石鳥谷で黒
    沢尻百姓600~700人と出会う。武次右エ門申し含め願書を受け取
    り、百姓を本所に返す。花巻城で郡代と代官8人と相談。近年米
    穀下値と金子相場の高値のため百姓困窮、100石につき役金2歩
    ずつ減免、享保15年仰せ付けられた屋敷礼銭免除。勘定所から代
    官への申し渡す箇条書き。
    ・安俵通十二ケ村百姓十兵衛の下人三平、相撲取り上げられ20貫
     文質物で召抱えた。身代金を要請して貰い受けた.田地不仕付を
     理由。
4/23 花巻御給人富沢佐左エ門、郡代及び総御給人より江戸上屋敷類焼の
    ご機嫌伺いのため江戸に上る。大迫通代官所下町で左兵衛火元に
    より21日21軒焼失。富田専右エ門、痛みのため台へ1廻り湯治休
    暇。江戸上屋敷普請御用に新渡戸佐五右エ門、御用懸御用人足沢
    甚右エ門、御目付苫部地弥左エ門、勘定頭大里弥七郎、仰せ付け
    られる。
4/26 南部広信下向の御用懸に、町奉行伊東弾右エ門と目付館名張仰せ
    付け。
4/28 月次お礼:七戸八幡別当の万蔵院子の立光院、家督の鳥目差上げ。
    滝沢文助、三戸・櫛引八幡祭礼御用勤めより帰る。
4/29 江戸上屋敷普請奉行に坂牛半蔵と堀切半右エ門仰せ付けられ、支
    度次第江戸に上る。三戸八幡別当普門院居宅27日焼失。
5/2 大迫代官交代:堀切半右エ門→吉田薗右エ門。南甲斐守6日盛岡
    着、盛岡から鬼柳までの道橋見分を津嶋平太夫に仰せ付け。
5/3 花巻通八代官を4人に減らし、一村ごとに人柄の良い人物を1人御
    用勤めとする。
5/5 江戸上屋敷普請の寸志金100石につき金1両ずつ差上げ。
5/6 南甲斐守下向のため盛岡の本町太郎次所に未の刻(今の午後2時
    頃)着。
5/7 毛馬内敬岩(78歳)、老衰行歩不自由につき解任。
5/9 花巻郡代日戸五兵衛、病気と痰強く出ることを理由に酒井徳仙の薬
    を飲むことを希望。
5/13 花巻御給人小山田善左エ門、12月より痰咳煩い、二子通代官解任。
5/17 江戸上屋敷普請御用に勘定頭田鍍太郎右エ門仰せ付け、江戸に派
    遣。
5/22 鬼柳通代官に立花新蔵と花巻御給人簡作右エ門を、二子・万丁目
    通代官に多田仁右衛門と花巻の冨沢佐左衛門を、高木・安俵通代
    官に照井多左エ門と花巻の小田代新蔵を、八幡・寺林通代官に米
    内孫左エ門と花巻の宮野条右衛門を任命する。
5/23 花巻郡代交代:日戸五兵衛→三上多兵衛(但し多兵衛妻子は勝手
    次第引っ越し)。跡式:花巻御給人藤根金六→子・銀五郎(2人
    扶持)
5/24 花巻郡代三上多兵衛、御役仰せ付けられ肴1折差上げ。花巻四代
    官へ申し渡し。
5/26 花巻郡代引き継ぎ報告(日戸五兵衛世倅の右内より)
5/25 かたくりの粉御口味、仲間と御用人に出される
6/3 坂牛六左エ門、櫛引八幡山系のため往来7日の暇
6/4 霊徳院(利幹)7回忌の功徳として人首喜左エ門の城下追放免除
6/5 大森金之丞と同金右エ門、桂泉参詣のため往来7日の暇
6/10 石井勝左エ門知行、高木通立花村190石余の内5石500余、3日の洪
    水で川欠、永代荒れとなり改めを願い出る。
6/12 大迫通百姓が大勢出立の情報
6/12 かたくりの粉1箱と塩鶉30を松前志摩守へ、焼き鮎1箱を南甲
    斐守へ土用見舞いに送る。
7/5 櫛引八幡祭礼名代の交代:下田権兵衛→内堀帯刀
7/6 土用御機嫌伺いとしてかたくりの粉献上、24日伺い25日献上。
7/7 鳥討任命→8/1花巻は佐藤弥平次、石鳥谷は高杉理五右エ門、和賀
    は大森金之丞
7/8 藤田永湖、親の永寿江戸で煩い、見届けのため暇願い出る
7/10 伊藤次郎右エ門、盆中舫所御用透き、往来15日花巻へ洗濯の暇。
7/22 楢山五太夫病死。
7/23 大迫町助左エ門と与三郎、江戸屋敷類焼につき杉960本差上げを申
    し出受理され、一生之内刀御免となる。
8/2 跡式:花巻御給人鹿討勘七→子弥兵衛(2人扶持)
8/6 花巻郡代三上多兵衛、夏油山中境通の柴笹草木繁茂しかけ廻りに支
    障あり普請を願い出る
8/13 花巻広隆寺勧化で盛岡町中を廻る浄心、光台寺で尋問され不埒とし
    て仙台方面へ送り返す。
8/16 新渡戸源太夫子の源六、立願のため二子通江釣子村観音へ参詣
8/18 櫛引八幡名代の内堀帯刀戻り、肴1折と鮭1尺差上げ。



【享保16年(1731)】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
             新渡戸佐五右エ門常健
8/18 南宗院(利直)百回忌法事の功徳として花巻御給人昆喜右エ門の閉
    門処分を免じ蟄居とし、身帯1/4取上げ世倅へ家督(75石)。
    →9/15月次御礼:家督安堵金差上げ、花巻御給人昆多七郎。
8/20 一方井半次郎、立願のため早池峰参詣、往来7日の暇
8/22 滝沢文助、櫛引八幡神事御用より戻る。
8/24 跡式:花巻御給人石川円兵衛→子瀬左エ門(3駄2人扶持)
9/3 牧田文四郎、花巻成嶋毘沙門へ参詣のため往来5日の暇。花巻の上
    田兵内煩い介護のため子供で料理方の照井七之丞、往来20日の暇。
9/4 花巻郡代三上多兵衛より、鬼柳境古人どもの申し出、境塚立ち合い
    破損改め願い、認可。
9/6 花巻御給人坂水長次郎知行、鬼柳通岩崎村50石の内、享保13年か
    ら今年秋にかけ度々の洪水で20石荒地となり、改めを願い出る。
    万之助様及び慈光院知行、二子通太田村と寺林通西宮野目村ほか
    粗田で困窮の百姓未進あり、替え地願い出る。
9/7 栃内軍茶、打身あり台へ2廻の湯治休暇。
9/11 花巻成嶋村市右エ門の家、8日自火にて焼失
9/12 久慈弥太郎、台へ湯治往来9日の暇。中川後藤左エ門、春より湿
    煩い台へ湯治9日の暇。
9/14 宮沢長右エ門、立願のため早池峰山参詣のため往来5日の暇。
9/20 久慈定右エ門、打身あり台へ2廻の湯治休暇。
9/24 佐藤利右エ門の婿養子に、母方の従弟花巻御給人堀内与四郎右エ
    門二男の作内。漆戸勘左エ門、台へ湯治暇。目付館名張、医師菊
    池道宅、徒目付久保清左エ門、台へ派遣。領内人数目録差し出さ
    れる。
9/25 殿様(利視)郡山へ外出し、台へ廻る→9/28酉の刻(午後6時頃)盛
    岡城に帰る
9/26 殿様、朝卯刻(午前6時頃)台湯に入る。来年参勤の時節幕府に伺い
    4月中参府となる。江戸屋敷に辻番所新設。
10/1 目付苫部地弥左エ門、台湯本へ御用あり派遣。
10/2 殿様(利視)郡山へ外出し、台へ廻る→10/5台より戌刻(午後8時
    頃)盛岡城に戻る
10/6 切田覚兵衛、湿相煩い台へ2廻湯治暇。
10/9 江刺脇之助、子籠鮎粕漬、鮎鮨、子籠すまき各1箱、例年通り差
    上げ。
10/11 目付布施浅右エ門、台湯本へ派遣される。
10/13 殿様今朝、台湯へ外出→10/19、申下刻(午後4時過)台湯本より
    戻る
10/14 川村佐左エ門、花巻新御蔵奉行解任される→10/16後任に太田代
    伝助
10/15 来春の江戸登りの名簿、真寿院番人の一人花巻御給人平賀義兵衛
10/21 花巻御給人上野十郎兵衛婿養子に、兄の十郎兵衛三男の小八郎。
    家老御用番、10日限り勤めから、吉兵衛と勘左エ門交互隔日勤め
    となる。
10/26 江釣子軍右エ門、松林寺別当所にいる病気の老母介抱のため往来
    20日暇。
10/29 江戸上屋敷類焼、借上金仰せ付けたが不足、代官所18か所、花巻
    町、遠野へも仰せ付けた。諸白1升48文、並酒1升40文。
11/8 大森金之丞と中野新六に、御鷹餌鳥討を仰せ付け。
11/10 改善助、湿相煩い台へ2廻湯治暇。
11/13 万丁目通鍋倉家勘十郎家、9日夜自火にて焼失、娘1歳と女房、
    馬1疋焼死。
12/3 花巻円万寺村百姓与右エ門手回6人、11月晦日の晩欠落。
12/4 御料理照井七之丞、花巻の実父煩い介抱のため往来20日の暇。
12/10 円万寺村山屋三郎左エ門知行所肝入主水手回6人11月27日欠落。
12/27 岩手山噴火、二子通十二丁目村彦右エ門手廻6人、3日より行方
    不明。



【享保17年(1732)】家老:中野吉兵衛光康、楢山文左エ門敬明、
             漆戸勘左エ門正宥
1/1 元日の祝儀:御用人格花巻郡代日戸五兵衛、詰之間で列席の予定を
    病気のため欠席。
1/2 年頭の御礼:花巻御給人50石以上鳥目差上げ。藤田永湖御礼申上
    げ。黒沢尻物留と岩崎番人の任命。八幡寺林代官交代:米内孫左
    エ門→堀弥五左エ門
1/22 花巻西根御山奉行交代:三田文右エ門→花巻御給人中野新兵衛。
    花巻東根御山奉行交代:柏葉恒右エ門→花巻御給人上田弥四郎
2/19 参勤御礼:3月19日清十郎申渡す
2/25 家督相続:花巻御給人上田兵内(中気煩い手足叶わず)→倅治平
2/26 殿様参勤:3月21日発駕、道中13日振り着府、配符立つ。
3/2 殿様、5日台へ外出(→3/4夜子の刻台へ湯治入り。3/12酉刻、
    台より着城)



【享保17年(1732)】家老:中野吉兵衛光康、楢山文左エ門敬明、
             漆戸勘左エ門正宥
3/12 北九兵衛病死、子林弥忌御免。
3/17 安俵通下小山田村左兵衛家、12日暮出火、家財と馬7匹焼失。
3/21 殿様、巳の中刻発駕
3/23 南部甲斐守参勤のため21日八戸発駕、23日申刻盛岡八日町太郎次
    所に着く。
3/25 金田一又助、老母介抱のため花巻太田村へ往来5日の暇。
4/10 江戸より飛脚、殿様3日千住泊りから江戸着。
4/13 花巻高木通谷内村孫助家、博打宿出入り。谷内村久兵衛殺害され、
    犯人の椛村久兵衛牢屋、宿の孫助は野田へ追放、孫助兄の孫四郎
    は科料の処罰。
5/9 真寿院番人交代:永井喜左エ門→花巻御給人四戸庄左エ門
5/26 原茂平、台へ2廻湯治の暇。
閏5/1 献上かたくり口味
閏5/29 支配替え:平沢勘兵衛、花巻支配となる。
6/15 かたくりの粉献上、5月晦日伺い、6月1日幕府への献上済む。
6/16 花巻御給人小野寺惣左エ門嫡子の又作、伊勢参宮。
7/1 岩舘吉三郎、湿相煩い台へ湯治、3廻の暇。
7/9 櫛引八幡名代に下田権兵衛。
7/18 鳥討、石鳥谷は佐藤弥平次、花巻通は大森金右エ門、和賀通は中
    野新六。
7/26 中原長右エ門、病気により勘定頭解任。
7/27 宗門改め、稗貫郡28,682人(内男15,914人)
8/1 黒沢尻御蔵兼艜奉行交代:中村五兵衛→小田代亦助
8/12 秋検見のため鬼柳、黒沢尻、安俵、高木、二子、万丁目、福岡、
    三戸へ派遣。
8/13 栃内平七、湿瘡煩い台へ湯治、1廻の暇。
8/24 玉山六左エ門、立願あり早池峰参詣、往来7日の暇。
8/27 徒目付大里与惣右エ門、詮議中の鬼柳通江釣子村長兵衛欠落し、
    遠慮を申し出る。
8/28 渡良瀬川普請のため公儀より金銭取立ての命下る。
9/11 黒沢尻鬼柳通代官立花新蔵、江釣子村長兵衛出入りの件で不念の
    儀あり遠慮の処分下り、当分の間星川一郎右エ門が務める。
9/21 跡式:花巻御給人佐藤友之丞→同勘治(60石余)
10/8 五戸代官所滝沢村櫛引八幡大破。1間4面。
10/19 矢幅弥三郎、湿煩い台へ1廻湯治の暇
10/27 寺林通湯本村中嶋源兵衛知行所百姓、藤九郎手廻3人17日欠
    落(かけおち)。
10/28 来春江戸留守登
11/22 古切支丹類族死失届:和賀郡安俵村古切支丹せん嫡女鶴の夫、
    次郎右エ門、9月25日死去、享年84歳、成沢寺内に土葬。
12/14 拝領雁23日扱いで振舞い、用人座敷で狩野松林。
12/18 浄智院知行所南下根子村助四郎家、12月14日昼火事。
12/28 二子万丁目通代官多田仁右エ門、支配所役銭年貢皆済、おほめの
    言葉申し渡される。
12/晦 花巻与力三田六郎右エ門披立て願、親七左エ門が与力新田50石願
    上げ、煤孫村や八幡通岩崎村中嶋川原、天和2年42石85の小高
    帳、のちに荒地。



【享保18年・1733】
1/1 仲間(家老):中野吉兵衛光康、漆戸勘左衛門正宥、
          毛馬内九左衛門直員、新渡戸佐五衛門常顕
1/12 二子万丁目通代官交代:多田仁右衛門→堀切半右衛門
1/14 ・大迫通代官交代:鈴木七郎右衛門・太田薗右衛門→鴨沢忠右衛
     門・江刺家六右衛門
    ・黒沢伝右衛門地行所矢沢村猿ケ瀬川関袋簀留並びに清水堀あ
     り、百姓礼銭8貫文で川遣あり、礼銭18貫文を12貫文に下げ
     て川遣したい旨認可。川漁の礼銭引下げか?
2/21 花巻四日町助七家20日亥刻(午後10時頃)出火し22軒焼失、花巻町
    奉行長坂半平と太田五郎左衛門が駆けつけるが、強風のため防火
    できず。
2/28 小田嶋源右衛門と鈴木久右衛門、台へ2廻の湯治暇
3/6 滝沢八左衛門、櫛引八幡宮神事御用を仰せ付けられ25日出立。
    →7/22滝沢八左衛門に神事御用を仰せ付け。
4/2 寺林通小森林村金四郎家焼失。
4/22 殿様在所暇拝領:19日江戸発駕、道中12日振りで下向。江戸より
    16日付の配符届く。
4/22 跡式:花巻御給人平賀儀兵衛→子市郎太(60石余)。



【享保18年・1733】
4/27 殿様19日江戸発駕、28日前沢泊り、御機嫌伺いに真雁2羽と干鯥
    (ホシムツ)50差上げのため花巻郡代へ遣わし、花巻御給人から差上
    げる。
4/28 殿様下向の配符到着、御昼と御泊りの書付、役人共に申し聞かす
4/29 殿様下向の際、松平陸奥守(仙台藩主)総家中下馬。盛岡藩上り下
    りの道中、松平陸奥守通行の際、下馬。
5/1 殿様前日の29日申刻(午後4時)花巻着、亥刻(午前10時頃)花巻発、
    未刻(午後2時頃)
5/20 花巻御給人中村儀平と新渡戸伝助、勤務功労により各2人扶持を支
    給。花巻町医小野寺円清へ2人扶持を支給し御役医となる。花巻御
    給人神山忠内と中嶋清八へ花巻城銭による褒美を支給。花巻与力
    三田六郎右衛門、花巻御給人に昇格。
5/22 大迫代官交代:鴨沢忠右衛門→浅石直右衛門。南甲斐守(八戸藩主)
    盛岡に下着。
5/23 絵師小川休林へ2人扶持と四季施4両、筆墨代2両をあてがいとして
    支給する。
6/23 湿煩う一戸軍蔵、台へ1廻の湯治暇。
7/2 北林弥、通称を九兵衛と改める。片栗の粉、幕府へ献上。
7/19 鳥討ち場所の指定:石鳥谷は大森金右衛門、和賀は佐藤弥平次、
    花巻は金田一甚十郎。
7/28 長坂半平、享保8年から花巻町奉行を務め、13年買穀登らせ米指図
    役を兼任、16年10月歩行叶わず養生につとめ、辞任を申し出る。
8/13 四戸甚之丞、台へ2廻の湯治暇。
8/22 本堂治部右衛門、台へ2廻湯治暇。
8/24 太田伊五右衛門、疝気差し発し、台へ2廻の湯治暇。
9/12 宮守洞庵と飯富了碩、円子伊四郎の3人、俳諧執筆を仰せ付けられ
    る。
9/14 徒目付の洞内三右衛門、台の湯元へ派遣される。
9/15 殿様、台へ19日外出、その際石鳥谷まで舟で下る→9/19辰刻(午前
    8時頃)台へ出発→10/2台より盛岡に戻る。
9/21 跡式:花巻御給人柏葉恒右衛門→子・弥九郎
9/29 領内宗門人数目録:花巻町4,857人(内男2,660人)
10/3 花巻郡代三上多兵衛、台へ日帰りで時々湯治。
10/16 中里与太夫、打ち身あり台へ2廻の湯治暇。
10/21 万丁目通湯口村彦右衛門家、17日夜出火焼失。
11/14 領内日照りのため不作、38,000石余損亡を幕府に届け出る。参勤
    時節伺い。
11/22 幕府より、参勤の時節4月中と申し渡される。
12/17 花巻御給人堀内与四右衛門次男の作内、佐藤利右衛門の婿養子と
    なる。
12/24 絵師小川休林、表支配となる。



【享保19年・1734】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左エ門正宥、
             毛馬内九左エ門直員
1/13 二五万丁目通代官交代:堀切半右エ門→太田薗右エ門
1/18 月舘本陣鈴木吉左エ門、鮒7本鴨2、橙柑1箱、御機嫌伺いに差
    上げる。
1/19 花巻御山奉行細越与右エ門と和井内只右エ門解任、花巻御給人一
    応に仰せ付け就任させる。
1/21 福島本陣安斎一郎右エ門、鴨2、小杉原50帖、栢柿(かしわかき)
    1箱御機嫌伺いに差上げ。
1/27 前沢本陣岩渕武右エ門、鮎子籠1尺御機嫌伺いに差上げ。
1/28 花巻川口町十五郎、親喜右エ門存生(ぞんじょう)の内1人扶持支給
    されたのと同じく支給される。
2/1 花巻御給人平沢勘兵衛、乱心のため平沢主蔵所へ押込め置く(→
    3/13出奔の届)。前沢本陣岩渕父右エ門、自宅大破し合力を願い
    出るが却下し、路銀10枚支給される。
2/4 改名:花巻御給人折居忠兵衛→折居嘉兵衛
2/5 月舘本陣鈴木吉左エ門へ路銀7両支給し、大破修理の杉などの資材
    支給は不可となる。
2/7 花巻高松寺、和州初瀬へ登山(長谷寺入山)
2/11 石巻舟宿の陰山七右エ門御機嫌伺い、鮒5、蛤蜊1台、にし貝1差
    上げ(→2/15月次御礼の際、扇子箱差上げ)
2/20 蠅田四郎吉、左腕痛み、台へ湯治、往来10日の暇
2/26 花巻御金奉行交代:平沢主蔵→田頭亦六。
    花巻破損奉行交代:田頭又六→奥瀬孫右エ門、
    花巻道具奉行交代:岩間弥源太→上田惣兵衛(いずれも花巻郡代
    から目付まで申し来る)
3/7 内堀帯刀、参勤後湯治のため台へ2廻の暇。
3/9 相去町火事:7日夜八時出火、先例により鬼柳町検断人足40人召
    し連れ境まで参る。手伝いを申し出るが、相去町検断手伝い不用
    となる。
3/11 花巻御給人玉山亥千代隠居し、子の九郎次(17歳)へ家督を譲る。



【享保19年・1734】家老:中野吉兵衛光康、漆戸勘左エ門正宥、
             毛馬内九左エ門直員
3/16 御絵師小川休林、職分のため自費で出府し松林方に8月まで滞在
    したい旨、認可。
3/23 殿様巳の上刻発駕。→4/13千寿でお昼、5日江戸着。
4/26 三戸2月28日火事を幕府に報告
5/9 久慈定右エ門、打身のため右手痛み、台へ2廻湯治の暇。
5/13 和賀郡谷内村卯兵衛と娘さつ、仙台領上閉伊川水沢町に罷出、見
    知らぬ者へ銭借用を持ちかけ不都合あり、3月9日花巻庄屋清水
    善右エ門へ申遣わす。卯兵衛は奥筋へ追放、さつは谷内村親類に
    預け。
5/15 舟越与七郎、打身あり台へ2廻の湯治暇。
5/18 跡式:花巻御給人小野寺市右エ門→子熊之助
5/19 花巻御給人富沢佐左エ門、4月初めより痰咳煩い23日暇申し上げ
    盛岡で養生、万丁目代官辞任を花巻郡代に申し出、郡代から盛岡
    に申し上げ、認可される。
5/21 二子万丁目通代官交代:富沢佐左エ門→小山田善左エ門
5/24 黒沢新六、湿瘡煩い台へ3廻湯治の暇
6/24 早池峰宮両社遷宮
7/1 照井長八郎、花巻の老父介抱のため往来10日の暇
7/7 鳥討任命(→7/19郡山通は中野新六、石鳥谷通は金田一甚十郎、
    花巻通は佐藤弥平次)
7/9 跡式:花巻御給人富沢佐左エ門→子熊太郎(現米100石)
7/12 太田千之助、6月初めより湿瘡煩い台へ2廻湯治の暇。絵図御用
    と諸士屋敷改帳首尾よしとして、森甫斎へ金100疋の褒美。
7/23 花巻御給人小野寺熊之助従弟の小野寺忠平次、6月14日逐電。
7/27 一方井武左エ門、足痛立ち居叶わず、台へ2廻湯治の暇。
8/2 村井勘助、湿煩い台へ1廻湯治の暇。
8/12 献上四番鮭1尺、花巻川口町甚助取り上げ、塩付けして江戸へ送
    る。花巻新御蔵奉行交代:太田代伝助→工藤文太夫
8/19 花巻御給人中嶋清八娘婿に、従弟の中嶋次郎兵衛次男の忠太とす
    る願い、認可。
8/27 花巻川口町喜之助、親十五郎への宛がい1人扶持を直々下される。
9/1 船奉行交代:鬼柳三郎兵衛→藤田治五右エ門
9/3 岩崎番人交代:藤田治五右エ門→小栗嘉治平
9/10 美濃部長左エ門、夏に落馬し肩を痛め、台へ2廻湯治の暇。
9/19 玉山半左エ門、持病の痔差発し台へ1廻湯治の暇。伴金右エ門も
    湿煩い台へ1廻の湯治暇。
9/27 宗門人数目録を江戸へ送る。花巻町2386人(内男1695人)
9/晦 御料理方照井七之丞、洗濯のため花巻の上田治平へ越し、100日
    の暇。
10/6 横井三右エ門、湿煩い台へ2廻湯治の暇。
10/7 花巻一明院、聖護院宮へ継目のお礼申し上げ。
10/9 浦上次郎兵衛、湿煩い台へ2廻湯治の暇。久慈喜八郎、打身のた
    め台へ往来10日の暇。
10/16 花巻鳥討の佐藤弥平次、真鶴1羽討ち上げる。
10/25 翌年春江戸留守登の面々:新寿院番人に花巻御給人簡作右エ門。
10/29 跡式:花巻御給人名須川茂次右エ門→子彦内(50石)
11/7 八幡通田力村百姓作助35歳、10月19日行衛不明
11/18 花巻取次照井与五左エ門、盛岡に呼び出され、分限金の仰せ出さ
    れ書を受け取る。
12/26 花巻郡代三上多兵衛、鮭披3枚、蕨10把、串柿10連、例年通り差
    上げ。
12/29 黒沢尻通代官交代:立花新兵衛→北村清兵衛(当分の間務める)



【享保20年・1735】家老:中野吉兵衛光康、毛馬内九左エ門直員、
             新渡戸佐五右エ門常顕
1/13 八幡寺林通代官交代:堀弥五左エ門→服部久左エ門。
    大廻通代官交代:江刺家六右エ門→田鍍嘉太夫。
    花巻本御蔵奉行:清水善右エ門→簗瀬文八郎。
    舫奉行の伊藤次郎右エ門解任。
1/14 前年冬江戸御用金差し支えの節、花巻郡代三上多兵衛、花巻御給
    人鈴木宇兵衛、平賀逸平太代物差上げ、満悦の思召し申し渡され
    る。
2/16 名改め:花巻御給人江釣子久左エ門→亦助
2/19 安俵通高松村助六家、16日自火にて焼失。
2/20 伊藤源蔵と清水右エ門七(清水善右エ門嫡子)、伊勢参宮の暇
3/14 上田宇左エ門、打身差発し台へ2廻湯治の暇
3/18 跡式:花巻鳥見田中太郎兵衛→弟弥五郎(5駄2人扶持)
4/3 上領門七、持病の痔差発し台へ2廻湯治の暇。



【享保20年・1735】家老:中野吉兵衛光康、毛馬内九左エ門直員、
             新渡戸佐五右エ門常顕
4/7 鬼柳通代官交代:立花清左エ門→北村清兵衛(本役)
4/12 跡式:花巻御給人金田一八右エ門→養子小一郎(15駄)
4/13 鉛銭通用禁止
4/18 南甲斐守下向の御用懸に御町奉行の久慈勘兵衛任命。
4/18 鬼柳番所へ御飾弓鉄砲、先日遣わされた。同所下番は花巻御足軽
    を代々差し置くこととす。
4/20 花巻御給人工藤吉左エ門へ、万丁目通代官所で新田50石遣わさ
    れ、野竿高証文交付する。もと伯父松右エ門へ遣わすとして礼
    銭50貫文差上げ前年春検地を行ったが、松右エ門前年冬に死去
    し、工藤吉左エ門へこれを遣わす。→5/16吉左エ門の代わりに
    工藤左源太へ交付。
4/22 殿様15日江戸城に登り、在所への暇(下向)仰せ出され、巻物20、
    白銀30枚拝領する。
4/24 南甲斐守下向の御用懸申し渡される。
4/28 殿様下向のため21日江戸発駕、道中12日振り旅行、前沢御泊へ御
    機嫌伺いに例の通り干魚などを差上げため、花巻郡代へ遣わし花
    巻御給人持参し差遣わす。
4/29 殿様下向の配符書替、19日江戸発駕、道中お昼・泊まりの配符遣
    し、足軽2人持参して盛岡に到着。上杉駿河守21日発駕、道中御
    泊りとお昼が一緒となることから書替えとなる。
5/1 殿様午下刻花巻着。諸士の目見えを受け、早速発駕となる。殿様花
    巻申刻発駕、郡山御仮屋に着、2日卯上刻郡山発駕。
5/2 殿様江戸21日発駕、道中12日振り、2日未刻盛岡城本丸に到着。花
    巻御給人三田茂右エ門、名を茂左エ門に、佐藤八郎右エ門は四郎兵
    衛に、伊藤太郎助は同新助に、それぞれ名を改める。
5/11 もと舫奉行花巻御給人伊東次郎右エ門、事務引き継ぎ、花巻へ帰
    る(目付から花巻郡代へ通知)。
5/15 月次御礼:継目、花巻御鳥見の田中弥五郎、鳥目差上げ。
5/16 上野十郎兵衛婿養子の一条弥十郎、不縁により兄の一条弥八郎へ
    戻す。
5/17 安俵通矢沢村肝煎(肝入)次郎兵衛家、15日夜焼失。
5/20 矢幅弥三郎、打身指発し台へ2廻湯治の暇。
5/21 花巻郡代三上多兵衛、小鮎鮨100入り1箱差上げ。
5/28 花巻御給人三田富右エ門、名を理五右エ門に改める。
5/29 浄智院(信恩側室、利視母)死去し、殿様50日間の忌日。
6/1 南甲斐守下向のため6日盛岡着。6/5盛岡本町お宿着。盛岡藩より
    使者遣わす。
6/4 八戸弥六郎4日病死→北九兵衛、追手御門警備を命じられる。
6/9 常府絵師狩野永碩、5人扶持加増され10人扶持となる。
6/14 中野儀左エ門娘婿養子に、花巻御給人長坂半平四男の五六郎とす
    る願い認可される。花巻夏油山中の藩境通路打、10日終了。
6/20 小田嶋久兵衛、持病の痔差発し、台へ1廻湯治の暇。
7/29 盛岡城中の丸へ諸役所移転。
7/晦 漆戸勘左エ門、台へ1廻湯治の暇。高杉新兵衛、高杉仙斎、和田
    与惣兵衛、田鍍久之丞も台へ9日までの暇。町医の三田立元、漆戸
    勘左エ門に同行。
8/20 花巻鳥見の瀬川儀右エ門の嫡子を、病身の儀左エ門から次男の茂
    伝次に変える。
8/25 跡式:大森金右エ門→子の金之丞(4駄2人扶持)
8/26 花巻御給人鈴木伝右エ門、2年前(享保18年)の春知行新田願上
    げ、2ヵ年で披立て、春に証文交付される。取り付け普請を行う
    ところ、1カ年では披立てできない、本年と来年の2カ年で披き
    揃え、披立て済み次第改めを願う。
9/7 仙台・花巻境駒ケ嶽観音堂建直しにつき、大工棟梁派遣し、4日
    双方立会い建直し済む。→9/12大工棟梁阿倍与一へ金100疋の褒
    美を下賜
9/13 花巻郡代三上多兵衛、左腕痛み気分勝れずとして辞職を願い出る
    が、却下される。治療にあたる医師に御役医小野寺円清、町医の
    青木友安、城玄察、鎌田休意がいて、針薬用などの養生に努める。
9/24 花巻郡代から役替えの訴え:花巻取次櫛引与助→神山幸右エ門、
    金奉行神山幸右エ門→神山嘉七郎、
    破損奉行神山嘉七郎→中野八郎兵衛、
    武具奉行中野八郎兵衛→岩間五平治
9/晦 松前志摩守盛岡着(参勤登)→10/1卯刻、盛岡発。
10/7 多田小右エ門、湿瘡煩い台へ往来1廻の暇。
10/14 万丁目通南万丁目村百姓平三郎家、自火にて焼失。
10/24 坂本八郎、痛みあり台へ1廻の湯治暇。
10/25 花巻土沢町で盗人討ち方。
10/29 江戸御末御番人交代:江刺家六右右エ門→花巻御給人小田代新蔵



【享保20年・1735】家老:中野吉兵衛光康、毛馬内九左エ門直員、
             新渡戸佐五右エ門常顕
11/5 平沢与七郎、江戸御用金差し支えの際代物差上げ勤務ぶりもよし
    として、花巻御給人となる。鈴木伝右エ門と平賀市平太、小山田
    善左エ門へ御紋上下1具ずつ拝領する。
11/6 高木安俵通代官:小田代新蔵→花巻
最終更新日: 2014年04月26日
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