トップ > 記憶する風土 > 土地の人に聞け
戻る
2011年10月5日 の記録
浅沼 雅代さん【大迫地区】
投稿者:ふるさと 管理2
カテゴリー: 土地の人に聞け
拡大してみる
大迫文化団体協議会会長を務める。
今回は大迫の雛まつりについてお話をお聞きした。


<大迫の雛まつり>

*大迫の雛まつりの歴史

 ここは盛岡から沿岸に結ぶ主要道路だということで、宿場町に指定されたところなんですよね。人馬往来のあたりは、盛岡から出て、ここで一泊する。そして遠野を通って、釜石とか大槌に抜けるっていう主要道路。そのために宿場がうんと栄えた所なんです。人の出入りも多かったし、料理屋も結構あったし。産物としては金山もありましたし、南部葉の産地だったので、タバコが専売になってからは、製糸工場が3軒くらい大きな所があって。馬も盛んだったんです。昔はやっぱり戦するには馬がなければならなかったから。そういうのもあってすごい栄えたところ。
 メインの商店街は300軒くらいあって、その1割くらいはタバコ屋だったもんね。かなり栄えて商人もかなり入ってきて。大迫に大信田源右衛門っていう人を頼って近江から商人が来たっていうお話がある。だから住み着いているんですっけ。あっちから売れるの持ってきて、こっちからも物を持ってって、そういう物流もあったんじゃないかな。だからお雛さんも昔のお雛さん。享保時代のお雛さんが一番古いかな。

 雛まつりとして観光的に始まったのは、平成9年度からです。14回になりましたね。昔は“雛まつり”ではなく、“桃の節句のお雛さん”と言っていたんです。昔からの風習だから、ギャラリーじゃなくて、今も昔のままの飾り方をしているんです。9の付く日は市が開かれたんですよ。9・19・29って。そしてお雛さんの前の市日は、「節句待ち」っていって、花巻人形の雛人形を花巻からいっぱい売りにきた。



*昔の雛まつりの様子について

 「お雛様を見せてくなんせ」ってみんな見て歩いたの。学校も早さがりで、みんな家でお雛さんに御馳走作って、子どもたち待ってるわけね。みんな袂のある衣装着せられてね。学校はとにかく2時間でお下がりになるから、みんな散れるの。「はい、下駄揃えて」、「お雛さん座って見るもんだ」なんて言われてね。お雛さん見ないで、御馳走ずらーって並んでいるの見て、「どれくれるかなー」なんて思って。そこで何か貰えば、次さ走ってって。みんな袂さ入れたり、食べて歩いたり。

 たった一日だからね。一年に一回、子どもにとってはすごい日だったね。寒かったんだと思うけど、うちらも晴れ着着せられて、ぽっくり(駒下駄)履かせられてね。小ちゃいときは家の人たちと。一年生、二年生になるとみんな近所の同級生たちと4、5人ずつ回って歩いて。自分の家の周りを回って歩けば、次は仲町さ行ってもう少し回って歩く。

 雛まつりは、男の子の人形も一緒に飾るの。馬に乗った加藤清正とか、金太郎とか、男の子もみんな雛まつりは一緒にお祝いしたの。その日はお雛さんと一緒にお相伴するということで、子どもたちお雛さんの前でテーブル置いて、それなりの良いお家では子どもたちも一人ずつお膳をもらって。だから本当にお雛さんは待ち遠しかった。

 昭和40年代くらいの子どもだった人に聞くと、やっぱりいくらか見て歩いたということだけど、その後はずっとお雛さんを飾らなくなって。たまにどっかの家で飾れば見に行くくらいで、途絶えてしまった。町おこしの商工会で会議した時に、「どこの家でもお雛さんあるはずだから、それ出してみたほう良いんじゃないか」という話になって。古い歴史はあるけど、こういうお祭りになったのは、平成9年度になってからですね。



*雛まつりの時の食べ物

 雛まつりに食べるのは、雛饅頭とかきりせんしょ。そして必ずあげるのが、野老(ところ)。胃薬って言って、飲み過ぎ食べ過ぎの時に食べるんです。すんごい苦いんです。苦野老。正式には鬼野老。甘いのは甘野老。お雛様にあげるのは苦野老。大迫の人たちは野老を必ず根っこがついたまま洗って、煮てもいいし、生でもいいし、お雛さんに「胃の薬だ」ってあげるの。ひげを取らないっていうのは老人の髭と同じで、長寿を祝うとか、健康を願うとかの縁起物ですっけ。だからこういう汚い生姜みたいなのがどこの家さいってもあがっているから、「何でこれあげる?」ってみんな不思議がるけどね。

 甘酒作って、雛饅頭作って、本当に女子達は忙しかった。3日も前から支度して。団子餅って固くなるから、夜通しかけて作ったんじゃないかな。みんな綺麗に並べて。そして迎えたんだもんね。だから、“地域で子ども達を育てる”っていうかな。今は中々そういう風習ないからね。だから大迫でお雛さん見せるっていうのはぜんぜん抵抗ないの。



*飾る雛人形について

 京雛とか江戸雛。全部あっちから。だからやっぱり商人が運んで来たんじゃないかな。市日の時はこのお人形は出なかったもんね。花巻人形は何ヶ所か戸板さ乗せて売ってたった。この人形は大迫ばかりでなく、盛岡とか花巻あたりでもあったんじゃないかな。盛岡の方からなんぼか買ってきたっていう人もあるっけし。時代を経ながらね、いっきに買ったのじゃないっけ。だから揃ってないの。(お雛様の)箱開けるの楽しみだよ。一年に一回お雛さんに会えるって。
昔は、今年何かで出さなくて蔵さ仕舞いっぱなしだと、団子餅作って、そこさ持ってってもあげるんだよ。箱の上さね。やっぱり人間と同じだよね。お人形だから粗末にできないしね。一年に一回出している時はいいんだけど、出さなくなるとそういうお家もありますっけ。



【取材担当】 堀岡・佐々木
最終更新日: 2017年02月28日
この記事へのコメント