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2013年8月9日 の記録
提灯作り
投稿者:ふるさと 遺産研究所
カテゴリー:
仕事
小原生子さん
・昭和18年生まれ
・花巻市大通り二丁目の「小原提灯店」で提灯を作っている。小原さんのお祖父さんの代から提灯作りを行っており、現在、花巻では唯一の提灯店。
*小原提灯店のはじまり
昔は、権八っていう方が始めたので、「小原権八商店」。(権八さんは)お祖父さんですね。提灯という名前を出したのは権八さんからだったみたいで。とにかく100年以上前の話ですっけ。明治も十何年生まれですっけからね。もう15、6歳ぐらいで提灯屋さんとして働いていたようです。
最初は吹張町にいたそうです。柏屋旅館さんのあたり。今は柏屋旅館さんとは言わないけれど、芳文堂の向かいあたりだったと言っていました。そこからここの土地を買って、移って1番最初だったと。「みんな野っ原だった」とおばあさんがよく言っていました。ここに駅(花巻駅)ができたあたりからあっと言う間にすごく発展したらしいですよ。
私は長女として生まれました。女だけ5人。私は残って、今のおじいさんと一緒になって。(ご主人は)公務員だったものだから、定年後の今は一緒にやれる。ちょうど入れ替わりみたいに父親が亡くなったころに定年になったもんで、うまく後を継げました。
*提灯作りについて
今は道具屋さんが作る“輪”というのがあるんですけど、私が小さい頃はこういうのまで作ったんですっけ。色んな金具を付けるのは私どもですけど、輪っかだけは専門になさっている所があるからそこから仕入れて、あとはこっちで使いやすいように、金具・道具をつけて。パチンパチンはさんで、三角にはさんで、そこにかけて、横のり付けて押さえる仕事は子どもながらやったものですけど、今はそんなことをしなくていいです。便利でしょうね。
(細い竹籤の輪を指して)これが道具屋さんが作ったものです。竹は今は九州ですね。皆さんいっぱいあったんですけど、限られたところだけが今残って忙しいらしいです。竹籤を、こんなに束になっているものを仕入れて。型にはめて、竹籤回して糸をはって紙を貼る、というのが提灯貼りです。貼りあがったものをためておいて、「どれが注文くるかな〜」ぐらいで。何の注文が来るか予想はある程度たつんですけどね、わかりかねるので、だいたい作っておいて。お祭りなんかは弓張り提灯。お客さん次第ですよね。
(文字を)お客さんは印刷して貼るんだと思うらしくて。そうじゃなくて、たとえば弓張りなら、張った状態がこれ。高張りなら、これに書く。竹籤って間隔が決まっていますので、大体の間隔を取りながら。だから変わった文字が来ると困るんです。
仕事してるのを見てもらうと「そりゃあ大変だね」と分ってくれるんですけど、出来たのを見ると、ちょろっと書いて、ちょろっとできるともんだと思っているお客さんが年に一、二人ぐらいいるんですけど、説明すると、「すみませんでした。大変だったでしょうね」といってもらうことが多い。だからやる人がいなくなるんでしょうね。お客さんにすればそんな大っきなお金嫌ですよね。
材料もすぐ手に入るようになったので、昔のように2ヶ月も3ヶ月も待たせるようなことはないみたいですね。昔は材料が来なくてそういうことがあったらしいです。電車に乗って買って背負ってきたんだなんてよく父親が言っていました。今は材料が豊富ですから注文すればすぐ送ってくれます。材料は竹籤と紙。あとはないですからね。
紙は美濃紙といってうちは岐阜です。これもあちこち紙すき屋さんがあってなさるらしいんですけど、ただ提灯は寸法が決まっているので、小さいのじゃ困るので。美濃判はかなり大きいですよ。竹籤をまいて、紙を貼って。それは楽しいですよ。型を10枚で丸く組んで・・・ちゃんと刃物がありまして、それをあてて、ぎゅ~っと(張りながら切っていく)。まったく原始的ですが、機械じゃ無理。東京だ大阪だ名古屋だ、ここの提灯屋さんは機械ろくろでやっているらしいです。うちでは竹籤を手で回しているんですけど、それをろくろで回しているんですっけ。だから改善はしているんでしょうね。そんなろくろを用意できないから、私どもは手でやりますけども。
(提灯は)張り替えられるので。これから釘1本ずつぬいて解体をして。最後は雨に丈夫なように油をひきます。文字を書いて、油をひいて、何回も出したり引っ込めたり、乾かして。油は自然乾燥しかできないので。それから仕上げといって上下に輪をつけたりするのが仕上げというかたちになっております。
提灯の中にある竹は、乾くまでぴんと張るためのものではなく、こうしないと文字がかけない。企業秘密で突っ張ってこうやって、書いている。あとは書き終わって乾いたら、つっぱったまま油をかけて、これははずして干すんです。提灯はあとは畳めますからね。枠さえあればはずして。突っ張った状態よりは緩めた状態のほうがいいですね。花巻だとの幸田の神社は、檀家さんの名前をいっぱい書いて季節が来ると吊るしまして、普段は箱に入れてしまっておく。長持ちしますっけ。20年ぐらい使えます。すると代替わりなさって、張替えがきます。結局、一回作って20年ぐらい持つということはそんなに仕事はない。
*提灯を取り巻く現状
(提灯は)意外と明るさがあるんですよね。暗そうに見えて意外とふわ~っと全体が明るくなるからね。今の人たちはお祭りに見るぐらいですもんね。お仏壇の前にも今は、そんなに吊るさない時代ですもんね。(家の)建て方が違うから、天井に釘を打たないですもんね。たぶん変わっていくのでしょうね。でも、今でもお盆に軒先にと、家紋を書いてと結構注文はありますよ。新盆だからと、おじいさんおばあさんと暮らしている人は分るから注文が来ます。だから提灯っていうのもまだ若い人でもわかって注文にきますもんね。いつまでそうなるかは分かりませんけど。しょうがないですもんね。時代が違いますからね。
昔若いころは、焼鳥屋さん、飲み屋さん、おでん屋さんは提灯を使ったんですけど、今は違いますもんね。だって建て方が軒先がなければ提灯というイメージが出ないですもん。今年頼まれた、新盆だからって家紋入り提灯を取りに来た私ぐらいのお父さんが、「どうやって吊るせばいいかな。家はサッシなもので釘を打てないです」って。やっぱり様変わりしますよね。
おかげさまで仕事がもらえるので。急いでできなくてご迷惑をおかけします。1日に何十個なんて書けませんので、注文してからできるまでは、一つ二つはたいしたことはないんですが、数が来るとやっぱり1ヶ月は前にもらわないといけないです。
・昭和18年生まれ
・花巻市大通り二丁目の「小原提灯店」で提灯を作っている。小原さんのお祖父さんの代から提灯作りを行っており、現在、花巻では唯一の提灯店。
*小原提灯店のはじまり
昔は、権八っていう方が始めたので、「小原権八商店」。(権八さんは)お祖父さんですね。提灯という名前を出したのは権八さんからだったみたいで。とにかく100年以上前の話ですっけ。明治も十何年生まれですっけからね。もう15、6歳ぐらいで提灯屋さんとして働いていたようです。
最初は吹張町にいたそうです。柏屋旅館さんのあたり。今は柏屋旅館さんとは言わないけれど、芳文堂の向かいあたりだったと言っていました。そこからここの土地を買って、移って1番最初だったと。「みんな野っ原だった」とおばあさんがよく言っていました。ここに駅(花巻駅)ができたあたりからあっと言う間にすごく発展したらしいですよ。
私は長女として生まれました。女だけ5人。私は残って、今のおじいさんと一緒になって。(ご主人は)公務員だったものだから、定年後の今は一緒にやれる。ちょうど入れ替わりみたいに父親が亡くなったころに定年になったもんで、うまく後を継げました。
*提灯作りについて
今は道具屋さんが作る“輪”というのがあるんですけど、私が小さい頃はこういうのまで作ったんですっけ。色んな金具を付けるのは私どもですけど、輪っかだけは専門になさっている所があるからそこから仕入れて、あとはこっちで使いやすいように、金具・道具をつけて。パチンパチンはさんで、三角にはさんで、そこにかけて、横のり付けて押さえる仕事は子どもながらやったものですけど、今はそんなことをしなくていいです。便利でしょうね。
(細い竹籤の輪を指して)これが道具屋さんが作ったものです。竹は今は九州ですね。皆さんいっぱいあったんですけど、限られたところだけが今残って忙しいらしいです。竹籤を、こんなに束になっているものを仕入れて。型にはめて、竹籤回して糸をはって紙を貼る、というのが提灯貼りです。貼りあがったものをためておいて、「どれが注文くるかな〜」ぐらいで。何の注文が来るか予想はある程度たつんですけどね、わかりかねるので、だいたい作っておいて。お祭りなんかは弓張り提灯。お客さん次第ですよね。
(文字を)お客さんは印刷して貼るんだと思うらしくて。そうじゃなくて、たとえば弓張りなら、張った状態がこれ。高張りなら、これに書く。竹籤って間隔が決まっていますので、大体の間隔を取りながら。だから変わった文字が来ると困るんです。
仕事してるのを見てもらうと「そりゃあ大変だね」と分ってくれるんですけど、出来たのを見ると、ちょろっと書いて、ちょろっとできるともんだと思っているお客さんが年に一、二人ぐらいいるんですけど、説明すると、「すみませんでした。大変だったでしょうね」といってもらうことが多い。だからやる人がいなくなるんでしょうね。お客さんにすればそんな大っきなお金嫌ですよね。
材料もすぐ手に入るようになったので、昔のように2ヶ月も3ヶ月も待たせるようなことはないみたいですね。昔は材料が来なくてそういうことがあったらしいです。電車に乗って買って背負ってきたんだなんてよく父親が言っていました。今は材料が豊富ですから注文すればすぐ送ってくれます。材料は竹籤と紙。あとはないですからね。
紙は美濃紙といってうちは岐阜です。これもあちこち紙すき屋さんがあってなさるらしいんですけど、ただ提灯は寸法が決まっているので、小さいのじゃ困るので。美濃判はかなり大きいですよ。竹籤をまいて、紙を貼って。それは楽しいですよ。型を10枚で丸く組んで・・・ちゃんと刃物がありまして、それをあてて、ぎゅ~っと(張りながら切っていく)。まったく原始的ですが、機械じゃ無理。東京だ大阪だ名古屋だ、ここの提灯屋さんは機械ろくろでやっているらしいです。うちでは竹籤を手で回しているんですけど、それをろくろで回しているんですっけ。だから改善はしているんでしょうね。そんなろくろを用意できないから、私どもは手でやりますけども。
(提灯は)張り替えられるので。これから釘1本ずつぬいて解体をして。最後は雨に丈夫なように油をひきます。文字を書いて、油をひいて、何回も出したり引っ込めたり、乾かして。油は自然乾燥しかできないので。それから仕上げといって上下に輪をつけたりするのが仕上げというかたちになっております。
提灯の中にある竹は、乾くまでぴんと張るためのものではなく、こうしないと文字がかけない。企業秘密で突っ張ってこうやって、書いている。あとは書き終わって乾いたら、つっぱったまま油をかけて、これははずして干すんです。提灯はあとは畳めますからね。枠さえあればはずして。突っ張った状態よりは緩めた状態のほうがいいですね。花巻だとの幸田の神社は、檀家さんの名前をいっぱい書いて季節が来ると吊るしまして、普段は箱に入れてしまっておく。長持ちしますっけ。20年ぐらい使えます。すると代替わりなさって、張替えがきます。結局、一回作って20年ぐらい持つということはそんなに仕事はない。
*提灯を取り巻く現状
(提灯は)意外と明るさがあるんですよね。暗そうに見えて意外とふわ~っと全体が明るくなるからね。今の人たちはお祭りに見るぐらいですもんね。お仏壇の前にも今は、そんなに吊るさない時代ですもんね。(家の)建て方が違うから、天井に釘を打たないですもんね。たぶん変わっていくのでしょうね。でも、今でもお盆に軒先にと、家紋を書いてと結構注文はありますよ。新盆だからと、おじいさんおばあさんと暮らしている人は分るから注文が来ます。だから提灯っていうのもまだ若い人でもわかって注文にきますもんね。いつまでそうなるかは分かりませんけど。しょうがないですもんね。時代が違いますからね。
昔若いころは、焼鳥屋さん、飲み屋さん、おでん屋さんは提灯を使ったんですけど、今は違いますもんね。だって建て方が軒先がなければ提灯というイメージが出ないですもん。今年頼まれた、新盆だからって家紋入り提灯を取りに来た私ぐらいのお父さんが、「どうやって吊るせばいいかな。家はサッシなもので釘を打てないです」って。やっぱり様変わりしますよね。
おかげさまで仕事がもらえるので。急いでできなくてご迷惑をおかけします。1日に何十個なんて書けませんので、注文してからできるまでは、一つ二つはたいしたことはないんですが、数が来るとやっぱり1ヶ月は前にもらわないといけないです。
最終更新日:
2014年10月10日
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